【コラム】誤訳?意訳?なぜ「テーベの東」はテーベの「東」なのか?
つい最近『テーベ(完全日本語版)』を買って、1つ楽しみにしていたことがある。それは説明書に、「なぜテーベの『東』なのか?」についてヒントとなる説明があるのではないか期待したのだ。しかし、今回発売された日本語版「テーベ」の説明書を見ても「なぜかつてテーベの東と言われていたか」は、分からなかった。
日本では、特にネットの世界においては、ずっと「テーベの東」というタイトルでこのボードゲームは語られてきた。しかし、日本語版として発売されたタイトルは、「テーベ」である。2007年発売の新版「テーベの東」の英語版タイトルが"THEBES"であるため、日本版はそれに単に合わせただけだと思うのだが、そもそもなぜタイトルから「東」がなくなったのか知りたかった。
あまり考古学というか古代エジプトの歴史に関する知識がないので、Wikipediaの記事が頼りになるぐらい。記事によると、「テーベは古代エジプトの都市の名前。場所は現在のルクソールに位置しており、ナイル川東岸、地中海から約800km南方に位置する(要約)」とのこと。
現在のルクソールはナイル川を跨る町のようだが、そもそもテーベはナイル川の「東」岸にある。いわゆるエジプト遺跡で最も有名な王家の谷などは、テーベの西側、ナイル川を超えて西側に位置しており、テーベの「東」側には、あまり有名な遺跡がないような気がする。
もう1つエジプトで有名なルクソール神殿は地図で見ると、ナイル川のすぐ東岸にあり、これは「テーベの東」というよりも、「テーベ」であるように思う。
そして、当初から気になっていた原題の"Jenseits von Theben"。東を意味するドイツ語はもっと英語のEastに似ていたような気がするなあ、と微かには思っていたのだが、ドイツ語なぞ彼方昔に忘れてしまった自分が、単に知らない単語なのだと思っていた。
改めて、ドイツ語の辞書を15年ぶりぐらいに引っ張り出して調べると、"Jenseits"には「東」の意味なんかなさそうだ(三省堂のCROWN参照)。英語で言うところの"beyond"に該当する。"jenseits von ~ "で、「~の向こう側」を意味するようだ。ちなみに「東」はドイツ語で"Osten"だ。
参考として、2010年発刊の『ボードゲーム・ジャンクション』には、「テーベの東」ではなく、「テーベ」という名前で紹介されている。
ふむ、だんだん見えてきたような気もする。で、結局いろいろと調べたが、BGGで見つけたこのフォーラムでのやりとりが、一番正解に近いのではないだろうか。以下、質問者とベストアンサーとも言える回答のやりとりのみを訳す。
フォーラムタイトル:この名前の意味は?
質問者:
このゲームの名前の意図を解明しようとしてる。最後の部分は分かるんだ。「テーベの」もしくは「テーベからの」ということだろうけど、"Jenseits"(訳注:英語でBeyondに該当する語)って、ここで悩んじゃうんだ。
"http://dict.leo.org/"(辞書サイト。便利なんだ)でも調べたんだけど、どの訳もここではしっくりこないんだ。僕が考えたなかで一番よさげなのは、「テーベの彼方」(Beyond Thebes)、「テーベの向こう側に」(On the other side of Thebes)あたりだと思うんだけど。
これって正しいのだろうか。もしくは、ネイティブのドイツ人であれば、このゲームのタイトルとしてもっと適切な訳ができるのだろうか?なにか見落としている気がして・・・・・・・。
Jay Tummelsonが、英語版も多言語版も、"Jenseits von Theben"と呼べばいいのにねって言ってたから、多分翻訳できないんじゃないかな。
回答者:
ドイツ語の聖書で、アダムとイブが楽園から追放されて後に彼らが落ち着いた場所を指す言葉として通常「jenseits von Eden」が使われている。だから、スタインベックの小説の訳は、ドイツの聖書を引用しているのだろう。たぶん、この数十年で訳は変わっても、その小説の題名だけがそれとして残ってしまったんではないかな。
ところで、この名前はバカっぽいけど、いいゲームだよね。
フォーラム記事の引用は以上。
で、ここからは僕の推測も入るのだけど、上記のフォーラムでの話から、次のように解釈した。
①スタインベックの小説およびそれを原作とするジェームス・ディーン主演の映画「エデンの東」。これがドイツ語訳されたときに、タイトルとして"Jenseits von Eden(エデンの彼方)"が採用された。で、これはフォーラムの話を信じれば、聖書のドイツ語では、追放先としての「エデンの東」を指す。そこを典拠として、この名前が翻訳として当てられた。
②ボードゲーム「テーベ」がリリースされて、そのタイトルが"Jenseits von Theben(原題)"とあるのを見て、英訳者は、映画や小説の「エデンの東」がドイツ語で何と言われているかを知っていたか、調べている中で知ったのだろう。
③小説・映画「エデンの東」のドイツ語訳は"Jenseits von Eden"とあり、ゲームと同じ"Jensits"が使われていた。
そこで、英訳として"East of Thebes"(テーベの東)というタイトルを当てた。(ここで間違った!)
そこで、英訳として"East of Thebes"(テーベの東)というタイトルを当てた。(ここで間違った!)
④その英訳を参考に日本でも「テーベの東」と呼ばれることになった。
上記のとおり、ドイツ語から逆輸入して英語に翻訳するところで誤訳した(②→③)、というのが実態ではないだろうか。
「テーベの東」というタイトルがちょっと気に入っていただけに、「の東」が無くなってしまって当初は少しさびしかったが、まあ、これはしょうがないのだろう。日本語版の元となっている2007年の新版の英語版パッケージにもデカデカと"THEBES"となっている。こうした事情が背景にはあったのだろう。
どなたか実際のところの事情を知っている方がいたら、教えてほしい。また、上記の訳の間違いがあれば、是非指摘ください。
追記(2013.01.16)
その後、いろいろと考えるところがあり、記事タイトルと冒頭文章を若干修正した。また上記記事では、単に「間違った!」としている部分も、もしかしたら意訳かもしれないと考えた。その理由について追記したい。
ドイツ語の"Jenseits von Theben"を英語の"East of Thebes"と訳したのは、意訳かもしれないと思った理由。
①ゲーム内容自体が、テーベとほとんど関係ない
「テーベ」は発掘ゲームだ。発掘場所は5か所あり、そのうちの1つがエジプトだ。そのエジプトは確かにテーベに関係しているが、残りの4か所はテーベと全く関係ない。ボード上やカードの類にも、一切「テーベ」という言葉が出てこない。
②ドイツ語の"Theben"が"Eden"と韻を踏んでいる
「テーベ」は英語だと"Thebes"であり、"Eden"と似ても似つかないが、ドイツ語だと"Theben"である。単純にこの語だけ比べると、ドイツ語でも似ているわけではないが、"Jenseits von Eden"と"Jenseits von Theben"とで比べれば、これは明らかに韻を踏んでいる。
③とても馬鹿っぽい
「テーベ」というゲームは、ゲームプレイ自体がとてもバカっぽいのだ(良い意味で)。発掘運1つで、勝敗が二転三転する。生真面目な思いで、「テーベ」という言葉を取り上げていると思えない。(超なんとなくな理由)
上記3つの理由から、ドイツ語原題である"Jenseits von Theben"というタイトルは、「エデンの東」のもじりとして付けたと思う。で、その「言葉遊びである」という意図を重視するならば、"East of Thebes"という訳の方が、タイトルをつけた人の意図を「より汲んでいる」と言える。単に学術的に不適当だ、ということなど取るに足らない瑣末なことだ。
それゆえ、「テーベの東」は愛すべき意訳としても解釈できる、と思った次第だ。
なお、事実の真偽についてはとても知りたいが、どちらでもいいかもなーと思っている。いろいろと考えたり、調べたりできて楽しかったことを感謝したい。アドバイスいただけた方、ありがとうございました。
追記(2013.01.22)
タイトルの「なぜ」が重複していたので、修正。ラストの文言をちょっとだけ修正。
« 【ボードゲームレビュー】人狼 ★★★☆ | トップページ | 【ボードゲームレビュー】ファブフィブ ★★☆☆ »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 【コラム】批評の呪いから抜け出ること。遊星ゲームズ「批評より攻略」の記事から考える(2016.05.15)
- 【ゲーム論を読む】失敗の意味がゲームを定義する~「しかめっ面にさせるゲームは成功する」第2章を読んで~(2016.03.06)
- 【海外記事翻訳】ドミニオンは複雑すぎた?!審査員長が語るドイツ年間ゲーム大賞の内幕(2014.08.30)
- 【コラム】なぜゲームにおけるエンジョイ勢とガチ勢は分かり合うことができるのか。(2014.07.05)
「海外記事翻訳」カテゴリの記事
- 【海外記事翻訳】ドミニオンは複雑すぎた?!審査員長が語るドイツ年間ゲーム大賞の内幕(2014.08.30)
- 【コラム】誤訳?意訳?なぜ「テーベの東」はテーベの「東」なのか?(2013.01.14)
- 【海外レビュー記事翻訳】海外で人気?!の人狼系ゲーム「レジスタンス」レビュー(2013.01.29)
- 【海外レビュー記事翻訳】テーベ(テーベの東)について本当のところ子供たちはどう思っているのか。8歳と10歳の子に訊いてみた。(2013.01.29)
- 【海外レビュー記事翻訳】スペースアラート - 異なる次元のゲーム(2012.11.29)
「ボードゲームコラム」カテゴリの記事
- 【コラム】批評の呪いから抜け出ること。遊星ゲームズ「批評より攻略」の記事から考える(2016.05.15)
- 【ゲーム論を読む】失敗の意味がゲームを定義する~「しかめっ面にさせるゲームは成功する」第2章を読んで~(2016.03.06)
- 【海外記事翻訳】ドミニオンは複雑すぎた?!審査員長が語るドイツ年間ゲーム大賞の内幕(2014.08.30)
- 【コラム】なぜゲームにおけるエンジョイ勢とガチ勢は分かり合うことができるのか。(2014.07.05)
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
私も、日本語版テーベをポチりました。到着が楽しみですが、この大雪で遅れているようです。
ちなみに、「テーベの東」と訳したのは、そもそも誰なんでしょうか?メビウス??
投稿: あつを | 2013年1月14日 (月) 18時01分
すみません、補足です。
このゲームを East of Thebesと英訳したという事実が、GEEKを調べても発見できなかったもので(英語版も、タイトルは Thebes とだけなっています。それを純粋にHJは訳したのだと思います)、ひょっとしたら、ドイツ語→日本語に訳した段階で既に間違っていた(あるいは意訳した)のかと。で、それを訳したのは誰なんだろう?と思った次第です。というか、そもそもドイツ語や英語のタイトルを日本語化する“権利”って、どう整理されているんでしょうね。
投稿: あつを | 2013年1月14日 (月) 18時09分
僕もあまり詳しく分からないのですが、2004年に原型とも言える「テーベの東」が出ています。
2004年版のBGG上のURL→http://boardgamegeek.com/boardgame/13883/jenseits-von-theben
このゲームの英訳ルール(2005年にアップ)では"East of Thebes"となっているので、
これが源流かもしれないと思っています。
英訳ルールのURL→http://boardgamegeek.com/filepage/13659/jvtr_en-v3-5-small-pdf
(ダウンロードにはBGGアカウント必要)
2007年の新版「テーベの東」では、英語版等は"Thebes"となっていますので、「東はまずい」と
気付いているのだと思います。(ただし、ドイツ語版は"Jenseits von Theben")
日本語化の権利関係は、僕もよく分からないですねー。
投稿: ターコイズ(管理人) | 2013年1月14日 (月) 19時51分
なるほど~。いわゆる旧版の英訳ルールに登場してくるわけですか。
よく調べられましたねぇ~。
また、タイトルを日本語化した人も、よくその英訳ルールを見ていましたねぇ。
多分、私もターコイズさんの調べられたとおりなんだと思います。
しかし日本語版を出版する権利を持った人(今回はHJ)ではない人が、日本語タイトルを(勝手に)命名して、それが一般名称として広がっていくのだとすると、なんだかすごいですね。
投稿: あつを | 2013年1月14日 (月) 20時52分