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2013年12月11日 (水)

【コラム】ライナー・クニツィアと宮本茂が同じコトを言っているという話~『ルールズ・オブ・プレイ(上)』を読んで

最近ようやく『ルールズ・オブ・プレイ(上)』という本を読み始めた。ゲームデザインの基礎を著した本として、以前話題になった本だ。ケイティ・サレンとエリック・ジマーマンの共著になるこの本は日本語訳として2011年に刊行され、今年(2013年)に日本語訳の下巻が発売となった。(ちなみに本国アメリカでは2003年に出版された)

今頃読み始めるのは、ずいぶんと周回遅れな感じだが、読んでいる今の感想としてはめちゃくちゃ面白い。僕はゲームを作ったりはしないのだが、プレイヤーの立場で読んでも興味深い事柄が色々と書いてある。そんな僕が、今回、この本を読んでいて、たまたま二人の偉大なゲームデザイナーが同じようなことを言っていることに気がついたので、少し書いてみたいと思う。その二人とは、任天堂の宮本茂氏とボードゲームデザイナーのライナー・クニツィア氏だ。宮本氏は世界的に有名な「スーパーマリオブラザーズ」の産みの親であり、クニツィア氏は「チグリス&ユーフラテス」や「ラー」など数々の名作ボードゲームを生み出した、こちらもボードゲーム界における巨匠だ。

さて、ではどういうことについて同じ話をしているのか本題に入りたい。それは「アイデア」という言葉についてである。

■アイデアとは何か?

この言葉を聞いてピンと来たテレビゲーマー(任天堂ファン)も多いと思う。というのも任天堂の岩田社長は大層この話がお気に入りらしく、何度もネット上で同じ話が登場しているからだ。特に任天堂ホームページで連載されている『社長が訊く』というゲーム開発者と岩田社長の対談では、度々この話題が上っている。知っている方も多いとは思うが、どういう話であるのか、簡単に振り返りたい。

2007年の岩田社長と糸井重里氏との対談で、この話が非常に丁寧に紹介されている。開発者の宮本氏と長らく仕事をしてきた岩田社長は、あるとき、宮本氏がアイデアというものを次のように考えていると気づいた。「アイデアとは、2つ以上の問題を同時に解決する発想だ」と。この定義が極めてアイデアというものを上手く表現していると岩田社長は考えた。リンク先にもあるが、その話を聞いた糸井氏の次のようなたとえ話が大変分かりやすく面白い。

「つまり、佐藤くんの命が危ないというときにさ、代わりに永田くんが死んじゃうような方法ならわりと簡単に思いつけるんですよ。」

---「アイデアというのはなにか?」- ほぼ日刊イトイ新聞

要は、ゲームに限らず様々な仕事でもそうだと思うが、「アイデア」が求められている時というのは、たった1つの問題を単に解決したい時ではない。確かに、目の前の問解をただ解決しようとすることを「アイデア」とは呼ばない。仕事で使うPCが壊れた時に、そのPCを交換することを問題解決のためのアイデアとは言わないだろう。しかし、例えば、その交換のためのPCを買う金を捻出できない状況が発生した時に、「アイデア」が求められる。

この「アイデアとは2つ以上の問題を同時に解決する発想だ」という定義を最初に見たとき、僕は非常に強い感銘を受けた。そして、なぜアイデアというのは視野が広くなくては生まれないのか、そしてなぜ誰でも思いつくわけではないのか、ということがようやく腑に落ちる気がした。

■1つの問題を解決する方が難しい

さて、一方、『ルールズ・オブ・プレイ(上)』には、ボードゲームデザイナーのクニツィア氏のエッセイが掲載されている。このエッセイはクニツィア氏の『ボードゲーム版 指輪物語』の製作ノートである。実はこのエッセイ、ほぼ同じ内容の日本語訳がこちらのサイトにも載っているので、本をお持ちでない方はそちらのサイトを見ていただければと思う。

このエッセイで語られるところによると、クニツィア氏は『ボードゲーム版 指輪物語』の製作途中に2つの難問を抱えていたそうだ。それは「もっとガンダルフをゲームに登場させたい」という問題と、「楯チップに(勝利点の目安という意味だけでなく)他の目的を持たせたい」という2つの問題であった。クニツィア氏は最終的に、「ガンダルフデッキ」という特殊なデッキを導入することで、その2つの問題を同時に解決したと言う。そして、次のように語っている。

「2つの問題を同時に解決しようとするよりも、1つの問題をなんとかしようとするほうがかえって難しいことがあります。」

---『ルールズ・オブ・プレイ(上)』P45

これは非常に興味深い言葉だ。「アイデア」という単語こそ使われていないが、このクニツィア氏の言葉は「1つの問題ではなく、2つ以上の問題を解決する」という構造において、宮本氏のアイデアの定義と同じである。しかし興味深いのはそこだけではない。先の宮本氏の定義の話の際に、糸井氏は何と言っていたか。「どちらか一方だけを助けるのは簡単なんだ」と語っていた。

そう、クニツィア氏は「2つの問題を同時に解決したほうが簡単だ」と言い、宮本氏の話を受けた糸井氏は「1つの問題を解決するのは簡単なのだ」と言っている。

この2つは別のことを言っているのだろうか。もちろんだが、そうではない。糸井氏は「永田くんに死んでもらって佐藤くんだけを助ければ、それでいい」ということを言っているのでは当然ないからだ。ここで糸井氏の言葉を補完するとすれば、次のように言い換えることができるだろう。「永田くんを犠牲にして佐藤くんだけを助けるという発想は安易(=簡単)であり、どちらか一方だけを助けただけでは、通常『問題が解決した』とは言えない。」

つまり、宮本氏の「アイデアとは2つ以上の問題を同時に解決する発想だ」という言葉は、単に「より良いアイデアとは何か」というような「アイデアの質」の問題の話をしているのではない。むしろこの定義はずっと切実な問題に触れている。それは「問題をミクロに捉えて、単純にその問題だけを解決しても、マクロな視点での問題は全然解決していないかもしれない」ということだ。対談の中で岩田社長が語る飲食店の例(客が「量が多い」と文句を言ったときに、本当の問題は「量が多い」ことではなく「まずい」ことなのかもしれないという話)はまさしくこの切実な問題を指していると言えるだろう。

■「意味ある遊び」とは?

実を言うと、こうした考え方は『ルールズ・オブ・プレイ(上)』という本の内容にも通じている。『ルールズ・オブ・プレイ(上)』には「意味ある遊び」という言葉が重要なキーワードとして出てくる。ここで「意味ある(meaningful)」とはどういうことか。端的に説明すると、これは「ある行動が何らかの結果を引き起こす」という関係を指している。では、この「意味ある」ということをどのように評価すればいいのだろうか。この本は、評価基準の1つとして「統合されているかどうか」が基準になる、と語る。つまり、ある一つの行動と結果の関係が単に部分として作動するのではなく、大きく全体と関連を持つこと、即ち「統合されていること」がゲームをより「意味ある遊び」にするというのだ。次に引用した文章が具体的な例を示している。

「『チェス』は奥深くて意味あるゲームだ。なぜなら、序盤の微妙な手が、中盤の込み入った手筋にもろに反映されて、中盤のゲームが終盤の余力と勢いのある戦いへとつながってゆくからだ。」

---『ルールズ・オブ・プレイ(上)』P61

こう考えると、宮本氏のアイデアの定義の話だけでなく、クニツィア氏の「2つの問題を同時に解決したほうが簡単だ」という言葉も違った様相を見せる。この言葉は単に問題解決のためのプラクティカルなアドバイスなだけではなく、遊びとしての意味を減じてしまうような解決策はむしろ害悪だと暗に言っている。彼の言葉は「一つの問題を単にそのまま解消するだけでは、意味のない遊びを作ってしまうかもしれない」という危険性を語っているのだ。まさしく、クニツィア氏は同じエッセイで続けて次のように語っている。

「つまり、デザインにまつわる個別の問題を解決することは、なにもその問題だけに関わることではなくて、理念の上では、そのゲームの遊び全体に波及するということです」

---『ルールズ・オブ・プレイ(上)』P45

この文章が語るとおり、クニツィア氏の「1つの問題をなんとかしようとするほうがかえって難しい」という言葉は、安易に「意味のない遊び」を作ってしまうことを避けるため、「統合されていること」の必要性について言及しているのだと言える。(それゆえ、このエッセイが、本の中のこの位置に挿入されることで、次章「意味ある遊び」の予告編にもなっている)。そしてその点において、まさしく宮本氏のアイデアの定義と重なるのである。二人が単に「似たような話」をしているのではなく、まさしく同じコトを言っていると僕が思うのは以上のように考えるからだ。

■アイデアの美しさ

さて、宮本氏のアイデアの定義を「発掘した」岩田社長は次のような更に興味深い分析をしている。

「そういうもの(=いいアイデア)を見つけることこそが、全体を前進させ、ゴールへ近づけていく。ディレクターと呼ばれる人の仕事は、それを見つけることなんだって宮本さんは考えているんですね。」()内は引用者の補足

---「アイデアというのはなにか?」- ほぼ日刊イトイ新聞

これはまさしく「意味ある遊び」としてのゲームにとって、(複数の問題を一挙に解決する)アイデアは、単にあったほうがいい要素なのではなく、むしろゲーム製作においてゴールに至るために必要な要素であると言っている。逆に言えば、ゲーム製作において立ち上がる「問題」と言うのは決して「単数形の問題」なのではなく、「複数形の問題」として存在するのだと。そういう認識を持たなければいけないということではないだろうか。

二人の偉大なゲームデザイナーがいみじくも同じようなことを語っているのは、おそらくそれがゲームデザインに必要な根本的な事柄だからだろうと想像する。僕たちが何かのゲームを遊んでいて、思わず「美しい」と思ってしまうことがあるのだとしたら、それは、そんな「アイデア(Idea)」に触れているからからもしれない。そんなことを夢想するのもまた、ゲームの1つの楽しみ方であるように思う。


★参考リンク



・複数の問題を解決するアイデアが言及されている◆任天堂HP「社長が訊く」◆の記事。


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