ボードゲームレビュー

2015年11月28日 (土)

【ボードゲームレビュー】インカの黄金 ★★☆☆

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評価:★★☆☆[2/4](6人プレイの評価です)

プレイ人数:3~8人

プレイ時間:30分


シンプルの難しさ。


簡単なゲームの流れ

  • ①各プレイヤーは探検家。「進む」か「戻る」かを毎回選択する。
  • ②前プレイヤーの選択が公開したら、探検カードを1枚めくる。お宝が出たら、そのお宝を「進む」を選んだプレイヤーで山分けする。余りは、探検カードの上に置いておく。
  • ③「戻る」を選んだプレイヤーは、余りとして探検カードの上に置かれたお宝を獲得できるが、一度「戻る」を選んでしまうと以降同ラウンドではアクションができない。
  • ④探検カードの中には危険カードがある。同じ種類の危険カードが2枚めくられると、即ラウンドが終了し、それまでに「戻る」を選んでなかったプレイヤーはお宝を失う。
  • ⑤最も多くのお宝を入手できた人が勝ち。

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ゲームの総評

選択肢は単純。遺跡の奥に「進む」か「戻る」かの二択。進めば危険と共に更なる宝の山が、戻れば安全が手に入る。とても分かりやすいパーティゲームだが、個人的には、ある1つのルールが気に入っている。それが「宝石の山分け」に関するルール。獲得した宝石を「進む」を選んだプレイヤーで配分した後、余ってしまった宝石は残留する。この残留分が「戻り」を選んだプレイヤーの収入になる。よくボードゲームでは均等に割った後の「余り」が発生することがあるが、その余りを単純に「切り捨て」るのではなく、後の展開を盛り上げるための材料として活用する。とても些細な話ではあるのだが、この「余り」ルールが好きだ。プレイ人数が多ければ、余りの数も増える。チキン野郎になって「戻る」を選ぶことがより賢い選択にもなる。


本作は非常に楽しく遊べるパーティゲームではあるのだが、意外に考えるキッカケが色々と用意されている。先ほどの「余り」ルールもそうだが、危険発生の確率をどのように見積もるかというのも考えどころ、計算のしどころである。単なる運ゲーではなく、もう少しボードゲーム的な「ぽさ」がちゃんとある。しかしこの「ぽさ」は単に存在していればいいというものではない。こちらのブログ記事(ひだりの灰色)のレビューで指摘されているとおり、「やることの単純さと、それに伴う手続きの煩雑さがつり合ってない」というのはまさにその通りであると思う。本作はどこか「面白いのだけど、惚れるほどでない」というモヤモヤを感じさせる。


しかし一方で、この若干の煩雑さというか、複雑さがこの「インカの黄金」を少し特別にさせているようにも思う。人によっては、その点に魅力を感じる場合もあるだろう。本作のようなパーティとストラテジー、どっちつかずの「中途半端さ」は時にテーマを支える魅力に化学変化することがありうる。


ノリで遊ぶことももちろんできるけど、考え始めると意外に合理的にプレイすること「も」できる。実際にそう楽しむかどうかは置いておいて、そういう可能性が担保されていることのワクワク感。「シンプルなのに、色々考えどころもある!」なんて、もはや凡庸すぎて、場合によっては苦笑をもたらす言い回しなのかもしれない。本作はその混ざり具合がある意味不器用なのかもしれない。だが、だからこそ、何か心に引っかかる。「インカの黄金」はギリギリのところでそんな「引っかかり」を達成しているような気もするのだ。遺跡発掘のロマンと、シンプルさをいい具合にかき混ぜるシステム/メカニクスのわかりやすい存在感。「インカの黄金」はそういう意味で、システムとテーマのトータルで意外に魅力を持っているゲームではないか。店頭でこのゲームを目にした時に心の中で微かなざわめきのようなものを感じる。ボードゲームをよく知らない友人に聞かれたら、「結構面白いゲームだよ。盛り上がるよ」と勧めてしまいそうになる。


正直ベタぼれするようなゲームではない。しかし「インカの黄金」はなぜかボードゲーム売り場の一角に常に存在していてほしい、そんなゲームだ。


評価★★☆☆とした理由……子供と遊びたいファミリーゲーム。テーマが個人的に好み。シンプルだけど、悩む楽しさも分かりやすく味わえる。楽しく盛り上がれるが、一生懸命に勝とうとプレイするとなんか違うんじゃないかと冷静になってしまうという妙なジレンマを感じさせる。

2015年8月10日 (月)

【ボードゲームレビュー】モダンアート ★★★★

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評価:★★★★[4/4](5人プレイの評価です)

プレイ人数:3~5人

プレイ時間:60分


競りゲームの傑作。


簡単なゲームの流れ


  • ①手番プレイヤーは、手札の絵画カードから1枚を出して、他のみんなでその絵画を競り落とす。
  • ②カードには、どのような競り方をするか指定するマークがある。
  • ③絵画カードには5人の画家の作品がそれぞれ複数あり、1人の作家の絵画が5枚競りに掛けられると1ラウンドが終了する。全部で4ラウンド行う。
  • ④1ラウンドが終了する度に、競り落とした絵画をお金に換金する。オークションに掛けられた数が多い画家の作品ほど、換金する時に高値になる。また、ラウンドを重ね画家の価値も蓄積していく。
  • ⑤人気の画家の作品を多く競り落とし、最終的に最もお金を稼いだ人の勝ち。

Modern_art02



ゲームの総評

なんと楽しいのだろう。競り行為がこんなに面白いなんて。競りに参加すると言っても、落とす側の楽しさだけではない。競りにかける側の出品者としてのプレイがまた面白い。


出品者はいい絵画だと売り込み、価値がある絵だとみんなに喧伝する。しかし、それはお金のための売り込み行為であり、このウラハラな感じがゲームを盛り上げる。アートを扱う者として、どこか気取っていなければならない感じが楽しく、そこが下品さをわずかに抑制する。ルールを読んだだけだと、『モダンアート』はとてもシステマチックで渋い印象があるが、実際にプレイすると意外にもロールプレイも楽しいゲームであった。素朴にテーマに触れる楽しさがある。


もちろんシステムも面白い。畳みかけるようにルールの意味が把握されていく。「ラウンドを終了させる最後の1枚はオークションに掛けられない」とか、「同じ枚数の絵画でも総数の少ない画家の絵の方が価値が高い」とか、ゲームが進むと、なぜルールがそうなっているのかが自然と納得できる。これは気持ちいい。


競りゲームは値段を付けるのが難しいとよく言われる。『モダンアート』ももちろん値付けは難しいのだけど、初心者は意外に悩まないで値段を付けることも多いように感じた。「場の空気」や「自分の趣味」で値段を付けるため、「勝つために」頑張って値付けをする人よりも、スッと値段をつける。対象が絵画であることも手伝って、「いや、その絵好きじゃないし」とゲームとしては全く意味を持たないレベルでの値付けも許容してくれるところがある。本作は意外と初めて競りゲームに参加するプレイヤーにも優しいのではないかと感じた。


それでもゲームが進めば、初心者プレイヤーも段々と競りの感覚を掴んでくる。そんな初めて競りゲームをプレイする人の変貌ぶりが実に面白い。最初はおずおずと入札する。「9,000ぐらいかな……」といかにも自信がなさそうに値段をつける。しかし、ぐいぐいと高値を付ける他プレイヤーを観察するうちに、次第に大胆になっていく。思い切った値段をつけたくなり、それが更に自分を追い込んでいく。ラウンドを重ねるごとに、絵画の価値は乱高下する。更に値を上げることもあれば、いきなり紙切れになってしまうリスクもある。そんな中で「人が変わる」場面というのは面白い。人が変わるというのは、何も性質や性格や人格が変わるわけではない。行為が変わるのだ。同じ人格なのに、さっきと違う行為や行動を取り始める瞬間が面白い。各プレイヤーの行為の変化がゲームプレイを豊かにして、ゲーム自体も面白くさせる。誰かが悪どい人間になるのでも、強欲な性格になるのでもない。様々に変化する行為の"フリ"を『モダンアート』というゲームが演出する。


ゲームが終わり、同席していたあるプレイヤーが放った言葉が印象に残っている。「これ、みんなの持っているお金がゲーム開始時点より全員増えているんですよね……」。そうなのだ。なぜかお金が増えている。「みんなが持っている絵画をみんなで売り買いするだけ」、見方によっては『モダンアート』はとても非生産的なゲームだ。しかしなぜかお金は増えている。もちろんこれはゲーム途中の絵画売却フェーズにより、お金は自然と増える仕組みだからである。しかしどこか不思議な気持ちになる。その不思議さは、絵画が単に即物的なモノではないというロマンとどこかでつながっているからだろう。モダンアートというテーマの妙であると思う。



評価★★★★とした理由……4人以上でプレイする方がいいのかなという気はする。多いほうが楽しい。競りゲームでここまで盛り上がれたのは初めてだったので、大変楽しかった。ルールの分かりやすさと納得感も凄い。また初プレイの人が楽しんでくれたのが印象的だった。「どういう値段つけていいか分からない」と言っていた人が、「落札できなくて悔しい!!」と感じるまでになる流れはとてもドラマチック。傑作。

2015年7月25日 (土)

【ボードゲームレビュー】アブルクセン ★★★☆

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評価:★★★☆[3/4](4人プレイの評価です)

プレイ人数:2~5人

プレイ時間:25分


堂々たる現代のクラシック


簡単なゲームの流れ


  • ①手番がきたら、13枚の手札からカードを出す。同じ数字なら、複数枚出すことができる。
  • ②カードが出されるたびに、それより以前の手番で他プレイヤーが出したカードと比較する。比較対象は、同じ枚数を出しているものに限る。(5の3枚セット出したら、それより前に3枚セットを出したプレイヤーと比較する)
  • ③比較した結果、手番プレイヤーの数字の方が大きければ、それより以前に出したプレイヤーのカードは出した本人の手札に戻さなければならない。
  • ④手札を元に戻さず、捨て札にして、新たに山札から同枚数のカードを補充させることもできる。いずれにしろ、比較されて数字が低いと出した分の枚数が手元に戻ってきてしまう。
  • ⑤誰かが手札をなくしたら1ラウンド終了。自分の前に出したカード枚数と手元に残った手札数の差異が点数。規定ラウンド後、もっとも得点が高い人が勝ち。

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ゲームの総評

この圧倒的に魅力のないイラスト。しかし評判がすこぶるいい。プレイする前からこんな状況だと逆に興味を持たないではいられない。


本作はインターナショナル版では『Linko』というタイトルになっている。"Linko"は英語ではない。「山猫」という意味のエスペラント語だ。山猫は英語で"lynx"。カードの箱に描かれる動物は山猫なのだろう。原題である『Abluxxen』は、ドイツ語の"abluchsen(盗む、かすめとる)"のもじりであり、こんな単語はドイツ語にはなく、つまり造語である。そして"lynx"のドイツ語にあたるのは"luchs"。原題では"luchs"の部分が"luXX"になっている。一度ドイツの人にこのタイトルの持つニュアンスについて聞いてみたいところだ。


なお、英語へのローカライズの際に、"lynx"という単語は使うことはできなかったそうだ(こちらのサイトには作者クラマーの言として、その単語は"not free"だったからタイトルに使えなかったと書かれている。経緯はよく分からないが、デジタルゲーマー的には1989年発売のAtari Lynxを想起してしまう。関係ないと思うが)。いずれにしろ、インターナショナル版にはエスペラント語の"Linko"が充てられた。人工言語エスペラント語を造語のタイトルに替わって充てるというのは、確かに筋が良いかもしれない。


と、そんなタイトルにまつわる雑学はその程度にしよう。さて、実際にプレイしてみると本作、前評判通りめちゃ面白い。場にぐるぐると回る渦が生まれる。連鎖的に自分の出した手が、進行方向と逆順に影響を及ぼしていく。そんな渦。同じ枚数を出したら、数字の大きい方が勝ち、負けたほうが手札が戻ってきてしまう。誰かが出す度に、これまで出されたカードと比較が行われる。同じ数字なら一度に何枚も出せるので、同時に多くの枚数を出すことで比較されずらくなる。つまり、数字が小さくても手札に戻ってくる確率が減る。しかし、同じ数字のカードを何枚も集めることは、手札を増やすことになり当然ゴールから遠ざかることになってしまう。うん、実にゲームとしての勘所が分かりやすく、筋が通っている。しかし、ままならない、うまくいかない、悩ましい。素晴らしい。


ルールは最初聞くと少しややこしく感じる。フローチャートで書いてみると分かるが、数字比較後の場合分けの手順が意外に多い。しかし「手札をなくすのがメインの目的で、弱い手札は出しても、手元に戻ってきてしまうことがある」という基本が分かれば、すんなり飲み込める。このシンプルな方針と、意外に多岐にわたる選択肢の共存こそがこのアブルクセンの特徴である。カードゲームにしては「重い」。そしてその「重み」こそが魅力だ。


不思議に思うのは、なぜこれだけ無数のカードゲームが出ているのに、このアブルクセンには独特の堂々とした「重み」を感じるのだろうか。作者のクラマーの名前がそう感じさせるのだろうか。


この作品は大理石から削りだされた石像のよう。完成品としての像は既にその「中」に存在しているが、多くの凡人にとってそれは単なる石の塊にしか見えない。しかし天才にはその塊の中にある完成品を見出すことができるのだろう。完成品を見る私たちにとっては、ずっと昔からそうあったものが、今ここにあるべくしてあるように見える。


数字に属性があるわけでもなく、本当に単なる数字でしかない(色にさえ意味がない!)。トランプより属性が少ない。ドライで飾り気のない数字の組合せで、ここまで複雑な駆け引きを実現してくれていることに驚く。この辺りが本作の風格の正体なのかもしれない。


カードゲームとしては、えらく枚数が多い。最初の手札が13枚というのも多く感じられる。プレイしやすさという観点から考えれば、配るのもハンドリングするのも少し面倒だ。アブルクセンは決して複雑なゲームではないが、「誰でも楽しく、気軽に遊べる」なんてコンセプトではない。その無骨さが味になっている。正しいゲームを作るのだ、という堂々たる姿勢がかっこいい。


新作でありながら、時の試練を乗り越えてきたような風格を持つアブルクセン。おそらく何回かプレイするごとに段々と上達できるという学習の喜びも持ち合わせている。名作だと思う。ただ、渋い。



評価★★★☆とした理由……すばらしい作品。しかし渋い。ゲーマーとやりたい一品だ。悩んだが、★3とした。やはり自分にとってかなり面白いかったからだ。他人がカードを出している時も楽しい。軽さと重さのバランスがちょうど自分に合っていた。

2015年5月 2日 (土)

【ボードゲームレビュー】dois ★★☆☆

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評価:★★☆☆[2/4](4人プレイの評価です)

プレイ人数:3~4人

プレイ時間:30分


美しく粋なルール。


簡単なゲームの流れ


  • ①1ラウンド(ディール)12トリックで自分が何トリック取れるかを事前に予想する。予想が実際の結果とズレると失点。
  • ②カードには二種類ある。スートだけが書かれたカードと数字だけ書かれたカード。
  • ③最初、親は手札からスート、数字、それぞれ1枚ずつ、計2枚のカードを出す。親から時計回りに、子も2枚のカードを出していく。スートは必ず従わ(フォローし)なければならない(マストフォロー)。次のトリック(ターン)からは各自1枚ずつ出していく。
  • ④ラウンドごとに1つ、切り札となるスートが定められている。
  • ⑤規定ラウンドこなして、最も点数の高い人が勝ち。

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ゲームの総評

これまた凄いトリックテイキング。なんと1枚のカードにスート(マーク)と数字の両方が書かれて「いない」。スートだけ書かれたカードと数字だけ書かれたカード。この2枚を組み合わせて使う。なんともステキなアイデア。他のトリックテイキングと同様、高い数字を出してトリックを取ったり、スートをフォローしたりするわけだが、実際にその数字とスートが物理的に分離されるため、少しだけ不思議なプレイ感覚が生まれる。doisは、このアイデアを聞くだけでも、プレイする前に結構な驚きと喜びを与えてくれる。


実際にプレイしても面白い。自分の予想がことごとく外れて、勝ちすぎて(トリックを取りすぎて)しまったりする。トリックを取らされる怖さと面白さ。負けている人の言葉にみんなが笑える素朴な楽しさ。スカルキングでもそうだったが、「自分自身を予想することの面白さ」というのは独特なものがある。


スートと数字が分かれていることで、どんな新しいプレイ感覚が生じるのか。それは、断層のようなズレの感覚ではないかと思う。従来のトリックテイキングでは、1つ前のトリックで出したカードは捨てられて、意識の奥の方に追いやられてしまう。意識は常に今のトリックに注がれる。しかしdoisでは、スートか数字のどちらかが、必ず次のトリックにも持ち越される。そのもどかしさ。自分の「一手」を常に半分(数字かスートか)しか変更できない。この更新感覚のズレが、自分の手札のコントロールを難しくさせる。凄いアイデア。そしてトリックテイキングらしい変態さだ。(というかトリックテイキングはどれも変態ばかりというイメージだが)


今回、実際の規定ラウンドより少なめでプレイさせてもらったが、確かに長めにプレイすればするほど味が出てくるような気がする。トリックテイキングの面白さは、成長曲線にあるプレイヤーの意識の変化に依存している。コツが分かり始めたプレイヤーと、「相手がコツを分かり始めたこと」を察知したプレイヤーとの間で、メタな心理のやりとりがある。別に心理戦というわけではなくて、どこか中空の上の方で、相手の意識と通じ合うような不思議な感覚。分かっている者同士の奇妙なコミュニケーションが楽しい。


トリックテイキングはすこし敷居が高い印象がある。やはり良くできたトリックテイキングは美しすぎるからだろう。ファインアートを鑑賞する時の様な気構えというか、ある種の態度が求められる。それはゲームの一部としてプレイヤー自身がガッツリと組み込まれるからなのか、それともルールのシンプルさやテーマの抽象度の高さによるものなのか。理由は色々だろうが、いずれにしろ、僕なんかはトリックテイキングをプレイした後はすこし疲れてしまう。そんな僕でも時々、無性にトリテを遊びたくなる。doisのようなシンプルで美しいメカニクスに触れることで、アナログゲームにハマり始めたころの原初的な驚きに再会できるからだろう。



評価★★☆☆とした理由……そのアイデアの新奇性と面白さは素晴らしいし、ガッツリ考えながらゲームに向かうことことにも心地よい疲労感がある。ただ、トリックテイキング特有の敷居の高さというのは感じる。人によっては何を出せばいいのか分かりづらく「難しい」という印象は否めないだろう。

2015年3月19日 (木)

【ボードゲームレビュー】枯山水 ★★☆☆

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評価:★★☆☆[2/4](4人プレイの評価です)

プレイ人数:2~4人

プレイ時間:90分


東京ドイツゲーム賞 大賞作品。


簡単なゲームの流れ


  • ①タイルを1枚とり、自分の庭園ボードに配置する。
  • ②取ったタイルが気に入らなければ、廃棄したり、他人に譲渡することができる。
  • ③他人にタイルを譲渡するなど、アクションによって徳ポイントを獲得できる。
  • ④徳ポイントを使うことで、庭に配置できる石が獲得できたり、他プレイヤーからタイルを強奪できる。
  • ⑤全員が自分の庭園ボードをタイルで埋めたらゲーム終了。完成した庭の砂紋の美しさや石の配置で点数計算をし、最も得点の高い人が勝ち。

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ゲームの総評

凄い人気だ。そのあまりの人気っぷりに少し怖気づいてしまう。というのも、枯山水は、とても面白いゲームだが、頭をガツンとやられるような衝撃を受けるゲームではなかったからだ。「枯山水って面白そう!一回やってみたい」と目をキラキラさせながら語る無邪気な非ゲーマーがいたら、ボードゲーム好きとしては何を語るべきか。自分が枯山水にそこまで情熱を持てないことに、少々後ろめたさを感じてしまう。


しかし、このゲームは確かに面白い。様々なメカニクスがキレイに統合されている点が素晴らしい。交渉があり、リソースマネージメントがあり、箱庭があり。色々あるのに、そのどれもが複雑すぎたり、無駄だったりせず、分かりやすく楽しめるようになっている。しかし、こうしたメカニクスの素晴らしさが枯山水人気の源ではないだろう。人気の源泉は、やはり、この「枯山水」というテーマにある。「枯山水」という言葉が持つクラシカルな響き。遠くて近い非日常的な空間。少しだけ背伸びすることを可能にしてくれる正統性のある文化の香り。こんな雰囲気を醸し出しつつ、しかもゲームとしての出来が良いとなれば、この人気は当然の結果なのかもしれない。


このゲームがプレイしやすいと思った点が2つある。1つ目は、譲渡という仕組みだ。獲得したタイルを他のプレイヤーに譲り渡すことで、徳ポイントを代わりに得られる。譲渡が可能なことで、引いてきたタイルが気に入らなくても手番を無駄にしないで済む。ここがとても気持ちのいい他プレイヤーとのインタラクションになっている。もう一つは、全員が庭を完成させたら終わり、というゲームの終了条件。経験の浅いプレイヤーとしては庭を完成させる前にゲームが終わってしまう心配に焦らされることがなく、最後までじっくりと庭を完成させられる。これは精神的にとても気が楽だ。実際は、早めに庭を完成させることに大きなメリットがあるわけだが、まあ、それはそれ、である。


しかし、初めてこのゲームをゲームマーケットで見た時、実を言うと、僕は少し期待外れの印象を持った。何も本物の枯山水庭園に匹敵する美しさを期待していたわけではないが、このゲームの庭の雰囲気がかなり予想と違っていたからだ。個人的に一番引っかかったのは、石という立体感のあるコンポーネントを平面的な紙のボードやタイルの上に置くというミスマッチ感だろう。山や滝を表現するはずの石組がフラットな地面にポツンと置かれ、浮いてしまったような表現になっていることに違和感を感じた。


SNS上に枯山水で作った庭の写真がアップされる。その気持ちは分かる。ついついこのゲームをすると完成した庭園の写真をアップしたくなる。自分もそうだ。しかし、その写真はどれも侘び寂び的な枯山水のイメージから程遠くなってしまう。正直、美しいとは言いがたい。考えようによっては、この若干、丈の足りないアートワークが、見事なゲームシステムと結合しているという点において、枯山水は極めてドイツゲーム的であるのかもしれない。


そんなことをフラフラと考えながら、今更気が付いた。よく考えると自分は枯山水についてほとんど知らない。枯山水という言葉もなんとなく知っているに過ぎない。そんなわけで2冊ほど日本庭園に関する本を読んでみた。小野建吉氏の「日本庭園--空間の美の歴史(岩波新書)」と進士五十八氏の「日本の庭園--造景の技とこころ(中公新書)」。どちらも新書であり、それほど専門的な話でもないのだが、こうした知識を少しでも持つと、また違った世界が見えてきて面白い。


例えばゲーム内に出てくる三尊石という言葉。実際の枯山水庭園でも使われる言葉で、ゲーム内と同じように立石を3つ並べて阿弥陀三尊を表現する。「真ん中のひときわ高い石が阿弥陀如来、右手の石が観音菩薩、左手の石が勢至菩薩(進士P86)」を示す。本作のゲームデザイナーの山田氏自身が日本庭園鑑賞を趣味としているそうなので、ゲーム内容が本物の庭園用語を踏まえていることは当たり前かもしれない。しかし実際にこうしてつながっていることが分かると、とても面白い。


また、庭の美しさについても色々と考えさせられる。多くの方が肌感覚で理解されている通り、日本庭園には不等辺三角形をベースにした「非対称の美しさ」という考え方がある(小野P90、進士P76)。西洋庭園のような幾何学的な美しさとは異なり、日本庭園では「地」に対する「図(例えば石組)」の配置が非対称な形になることを意図的に狙う。もしかしたら、ゲームルールという制約の中で不揃いになってしまった配石にこそ、日本庭園の精神が図らずも宿るのかもしれない。


個人的に一番興味深かったのは、『盆景』というモノ。枯山水庭園のルーツには『盆景』があるという。こちらのGoogle画像検索を見ていただくと分かりやすいが、盆景とは「小石や白砂あるいは植物などを用いて、ミニチュアの風景を浅い盆の上に表現したもの(小野P132)」で、盆栽の風景版と言えば分かりやすいかもしれない。正にボードゲーム枯山水で作るような箱庭に近い。盆景から発展して庭園としての枯山水が生まれ、庭園様式としての枯山水からボードゲーム枯山水が生まれる。少し見方を変えれば、ボードゲーム枯山水は、ある種の先祖返りのようでもある。

Karesansui04

↑"盆景"でGoogle画像検索した結果


こうした要素に加え、名庭園カードや歴史上の作庭家の存在など、いくつかの点で本物の枯山水要素を踏まえているとはいえ、本作「枯山水」は所詮ゲームである。しかし、ただ枯山水文化を見た目で真似ているだけではない。どんなゲームでもプレイヤーが「まねやフリ」を堪能するためには、単に見た目がそれっぽいだけでは逆に難しい。なぜなら、決してそれ自身は本物ではないからだ。ゲームは絶対に本物になることはできない。だからこそ、ゲームとしての確かな実力や芯がなければ、その「まねやフリ」はすぐさま茶番になってしまう。おそらく枯山水というゲームには、見た目や表面的な印象以上に、その骨太で筋肉質なゲームとしての実力があるからこそ、その「まねやフリ」をしっかりと支えられているのだろう。


今、様々なテレビや新聞に取り上げられ、ボードゲーム枯山水は大人気である。ついつい僕たちは「この人気をきっかけに、ボードゲームが普及して欲しい」と願ってしまう。僕も思う。しかし、ボードゲームの普及はそうした方向だけではないのかもしれない。むしろボードゲーム好きであるところの僕たちが、これをきっかけに枯山水など日本庭園に興味を持つこともまた、豊かな文化的広がりなのかもしれない。いや、枯山水だけの話ではないだろう。ボードゲームをきっかけに、ふと、ドイツ文化に興味を持つ。カルカソンヌに行ってみたくなる。エッセンに旅行したくなる。私たちの存在自体が他の文化や場所や出会いへと普及し散逸していく。こうしたゲームから離れた他文化への接続を促す点こそ、本作の素朴な(しかし大きな)意義があると考える。そしてそれができるテーマと実力が本作にはある。


「枯山水の次にやるボードゲームは?」への上手い返答を焦って求める必要はないだろう。「次は本物の枯山水も観に行ってみたいな」枯山水をプレイして自然と発せられる言葉としては、別にこれで十分なのかもしれない。



評価★★☆☆とした理由……ゲームとしてとても面白いが、「枯山水が作ってみたい」という動機でプレイすると、また違った印象になるかもしれない。不出来な庭が出来てしまった時も、「次こそはがんばるぞ」と思えるかどうかは人によるだろう。誰もが楽しめるというよりは、とても趣味的でその方向性にきわめて実直な作品だと思う。

2015年3月 8日 (日)

【ボードゲームレビュー】宝石の煌き ★★★☆

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評価:★★★☆[3/4](4人プレイの評価です)

プレイ人数:2~4人

プレイ時間:30分


何が欲しいかが伝わるいやらしさ。


簡単なゲームの流れ


  • ①プレイヤーは手番で、5種類の宝石コインのうち、任意の3枚を取る(もしくは同じ種類2枚)。
  • ②または、持っている宝石でカード(発展カード)を獲得する。カードには恒常的に使える宝石が描かれる。
  • ③特定の組合わせの宝石のセットを集めると、貴族タイルが得られる。
  • ④誰かがカードや貴族タイルに書かれた勝利点を計15点以上集めたら、最終ターン。
  • ⑤最終ターン終了後に、最も勝利点を獲得した人の勝ち。

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ゲームの総評

面白い。この作品は凄い。それほど革新的なゲームメカニズムではないようにも思えるが、その徹底ぶりがスゴイのではないかと思う。


本作、サラリーとしての収入は最初から最後まで一定で、減ったりも増えたりもしない。他プレイヤーとの差もほぼない。そんなシステムでありながら、どういう風に他プレイヤーとの格差が生まれていくのか、そして、どういう風に他プレイヤーとインタラクションが発生するのか。買い物ゲームとしてはよくある仕組みながら、この点に本作の特徴がある。


通常の収入は宝石の描かれたコイン(ポーカーチップ)を獲得することで得る。そのコインを使って獲得するカード(発展カード)にも宝石が描かれており、これが「減らない資金源」として使える仕組みになっている。この「減らない資金源」をいかに効率よく集めるかが鍵であり、他プレイヤーとの差はその集め方に掛かっている。マーケットに並ぶカードは全て公開されており、全員が同じ商品を見ている。だから、どのカードがもっとも良いかは、端的にカード自体の質によって決定されるのではない。誰が何を選んだか(逆に何を選ばなかったか)が、カードの質に強く影響する。ボードゲームにおける買い物メカニズムというのは、よく「ソロプレイ感がある」と評されることがある。カードに描かれた効果をじっくり考えながら、自分にとって一番いい商品が何かを考え始めると、とかくそういう面が生まれてしまうのだろう。


しかし、「宝石の煌き」では、どの商品もたった1つしかなく、次々と買える商品が入れ替わっていく。1回の手番では収入を得るか、買い物をするかのどちらかしか選択できず、「何を買おうか」という悩みが自然と分散されることになる。そして、本作の買い物のインタラクションを更に強めている理由は、カードに書かれるパラメーターのシンプルさである。各カードに特殊な能力や効果があるわけではない。だからこそ自分が欲しいものや獲得したい目的がハッキリと他人にも伝わってしまう。そのためか、欲しいモノが他プレイヤーに取られると悔しくてしょうがない。目には見えない欲望の空中戦が繰り広げられることになる。1つの商品を買い争うボードゲームは他にもあるが、徹底してシンプルで状況がハッキリしているがゆえに買い物インタラクションの楽しみの精髄を味わっている感覚がある。


欲望の空中戦は買い物対象であるカードだけではない。その資金源であるところのコイン(ポーカーチップ)でも発生する。毎ターン得られるコインが各種全部で7枚しかない。1つの種類のコインを尽きさせてしまう行為は、そのコインを得るというアクションプレイスを専有する行為でもある。こうして、購買対象のカードだけでなく、資金源自体にもインタラクションが生まれる。本作は実にインタラクティブなゲームだ。黙々とプレイしてしまうよりも、悔しさや喜びを言葉に出してプレイできる環境の方が圧倒的に楽しいだろう。


「宝石の煌き」にはエキスが凝縮されている。雑味が全くない。特殊能力の組合せを考えたり、他人との交渉に悩んだり、資源の組合せに悩んだり。そういう「ごちゃっとした要素」がほとんどない。こうした雑味の無さはある意味プレイヤーを選ばないのではないかと思う。誰にとっても魅力的な宝石の数のみが意味を持つ。どこかアブストラクト的で、カードゲームっぽいストイックさを感じさせる。一方で、鈍くボディーブローのように効いてくるインタラクションが、ボードゲーム的な充足感も与えてくれる。本作の放つ強い煌きは、アナログゲームらしいシンプルさと濃厚さの両立から生まれるのだろうと思う。



評価★★★☆とした理由……これは欲しくなる一品。どういう楽しませ方をしてくれるのか、凄く分かりやすく、「いつでもどこでも誰でも遊べるゲーム」に思える。傑作。ただ、もしかしたら、かなり正解がハッキリしているゲームかもしれないという印象もある(もう少しプレイしてみないと分からないけど)。

2015年2月 8日 (日)

【ボードゲームレビュー】キャメルアップ ★★☆☆

Camelup01


評価:★★☆☆[2/4](5人プレイの評価です)

プレイ人数:2~8人

プレイ時間:30分


2014年ドイツ年間ゲーム大賞作品。


簡単なゲームの流れ


  • ①ピラミッド型の箱に5個のサイコロを入れて、1つずつ取り出す。サイコロの色に応じて、同じ色のラクダがトラック上を進む。
  • ②プレイヤーは、トラック上に「一マス進む」や「一マス戻る」カードを置いて、レース展開に影響を与えることができる。
  • ③ラクダが同じマスに重なったら、ラクダのコマ同士を重ねる。下になったラクダが進むときは上に重なったラクダも一緒に動く。
  • ④プレイヤーは、ラクダレース全体の順位予想と各区間ごとの順位予想を行う。当たると点数を獲得。
  • ⑤順位予想の投票権は早い者勝ち。最後にもっとも点数を獲得したプレイヤーが勝ち。

Camelup02



ゲームの総評

どの色のラクダが1位になって、どのラクダが最下位になるか。それを予想するゲーム。しかしゲーム途中で、逆転に次ぐ逆転が起きるような仕掛けが施してある。予想は殊のほか、当たらない。読めないレース展開が最後まで続く。


予想はレース前に行うわけでない。レースの経過をしばらく見た後に予想する。しかし、予想のための投票権は早い者勝ち。早く予想した人ほど、高い点数を獲得できる。レースの展開はほとんど運だ。予想を正しくしようと思えば思うほど、決断は遅くなる。遅いと、貰える点数も小さくなってしまう。つまり予想すること自体がちょっとしたチキンレースにもなっているわけで、文字通りのレースをしているラクダと、予想のためのチキンレースをしている人間がいる。この2つの異なるレースの共存は、どこか転倒しているようで、面白い。考えようによっては、人間がラクダ(のコマ)にレースをさせられているようにも見える。


このゲーム、実は、レースの最終結果だけではなく、レース途中の順位も予想する。この部分に、本ゲームの「思考を巡らす部分」がある。まあ、慣れれば、ほとんどの場合「こう考えるしかない」というところに落ち着いてしまうかもしれない。しかし、この途中結果の予想という要素が非常にいいアクセントになっている。頭の中で少し考えて、「あ、ここはこう予想するべきなんだな!そうかっ!」という体験ができるようになっている。この「分かる」体験は、誰にとっても楽しい。そういう「少し考えるパズル」が適度に織り込まれているところが、本作の地味に凄い実力なのではないかと思う。


ピラミッドのギミックもあり、子供などと遊ぶ典型的なファミリーゲームだが、意外にその実力は懐が深い。ボードゲームでは大人と子供が一緒になって遊ぶ場合、どうしても手加減や演技が必要なこともある。しかし、キャメルアップであれば、大人も子供も比較的「そのままの姿勢」で遊ぶことができるのではないかと思う。子供に「キャメルアップやりたい!」などとせがまれれば、ボードゲーマーの親などは、つい顔がほころんでしまうかもしれない。そんな「たらし」な色気も併せ持つ名作。個人的には2014年ドイツ年間ゲーム大賞として本作が選ばれたことは英断だと思う。



評価★★☆☆とした理由……ラクダのレースが実に楽しい。背中に乗ったり、乗られたり。これだけで子供は大喜びだろう。予想外なレース展開を眺めるのは素朴に楽しいが、大人としてはもう少し歯ごたえが欲しい感じはあるかもしれない。

2015年1月17日 (土)

【ボードゲームレビュー】コンコルディア ★★☆☆

Concordia01


評価:★★☆☆[2/4](5人プレイの評価です)

プレイ人数:2~5人

プレイ時間:90分


女神のおばさん。


簡単なゲームの流れ


  • ①倉庫に麦やワインなどの資源を持ってスタート。
  • ②手札のカードには、プレイヤーが実行できるアクションが書かれている。
  • ③地中海を舞台にしたボードには、各都市や産出品が描かれている。
  • ④カードを使い、各都市に自分の街を立てることで、資源を産出したりお金を獲得できる。そうした資源で更に街を建てたり、手持ちのカードを増やしていく。
  • ⑤持っているカードの種類と建物の建設状況(建物数や支配している地域数など)によって、勝利点が算出される。最も勝利点を稼いだ人の勝ち。

Concordia04

Concordia03



ゲームの総評

比較的重くて長時間のゲームをプレイして思うのは「最後まで楽しく遊ばせる」というのは、どういうことなんだろうということ。本作は、最後まで勝敗がどうなっているのか分かりづらいため、気持ちが脱落しにくいというシステムもさることながら、こうした「プレイすること自体の楽しさ」も強く感じる快作だ。


ボードゲームには、テレビゲームのようなアクション的なスキルを競うための仕組みや派手な演出を取り込むことは難しい。プレイヤーのモチベーションを維持するためには、テレビゲームとは異なる工夫が必要になる。そうした工夫が盛り込まれた名作ボードゲームには、いわゆる勝敗とは別に、「プレイを進めること自体が楽しい」魅力が備わっていることが多い。


本作のデザイナーであるマック・ゲルツ。彼の『ナビゲーター』というゲームもそうだった。大航海時代の未踏地開拓の楽しさというのはとても魅力的だ。街を支配する。資源を算出する。また新たな街を開拓していく。ただこれを行うだけで楽しい。プリミティブな快感がそこにはある。おそらくこうした快感を、いかにストレートに味わせるか、そういう目的に特化した調整が施されている。コンコルディアもまた「プレイ自体を楽しませる」という目標に対してとても実直なゲームだ。


本作には、他のボードゲームで見られる様々な要素が、少しずつコンパクトになって取り入られている。例えば、カードを購入して持ち札を増やし、使い切ったらシャッフルして手札を再び取るという流れは、デッキ構築型ゲームを思わせる。またヨーロッパの各都市に早い者勝ちで建物を建設して行く様は陣取りゲームである。建物を置いた都市から資源を収穫して、それを売買取引し、資産を効率的に増やしていくのも、どこかで見たようなよくあるメカニクスと言えるだろう。しかし、こうした雑多な「良いとこ取り」が全くちぐはぐになっていない。ひとつ間違えると下品に見えかねないこうした「良いとこ取り」が、なぜそうはならないのだろうか。


その理由の一つが、実はコンポーネントデザインにあるのではないかと思っている。ついついコンコルディアのような様々なメカニクスが混合しているゲームに接すると、そのメカニクスに注目してしまいがちだ。しかし、実はもっと感性的なコンポーネントの「美しさ」がこのゲームの魅力を下支えしているのではないだろうか。


コンコルディアは地中海を中心としたヨーロッパがボードに描かれている。この地形図は、決して出来合いのものでも、ゲームのためだけに作られた独自のものでもない。我々の住む日常世界でも通用している実に「正統なデザイン」でもある。ただしその地図は決して近代的な製図法によって描かれた正しいだけの無機質な地図ではない。様々な魅惑を孕んだ歴史を感じさせる地図でもある。(思えば、同作者の「ナビゲーター」「インペリアル」「古代」もそうだ)


産出される資源も、毛織物やワイン、麦など、実に僕たちの想像力を豊かにしてくれる。それは単なる材料やリソースなのではなく、どこか地中海の風土を感じさせる。そしてそれを蓄えておく倉庫という存在。こじんまりとしながらも小さな宝箱のようで、控えめながら魅力的に映る。


コンコルディアでは、ボード、コマ、カードなどそのテーマ的なセンスの良さが決して強く主張したりはしないが、プレイヤーをこの世界に確実にいざなってくれる。心地よい想像力に浸ることができ、個々のメカニクスはあくまでその「想像力」へと使役されている。そのゲームの世界は常に少しだけ大人びている。そんな世界でプレイするという感覚。ゲルツは、テーマの消化のさせ方が実にニクイ。


様々なメカニクスが悪魔合体したようでありながら、その目的は素朴に「面白いゲーム体験を醸成しよう」とするところにある。コンコルディアは一見すると非常にドイツゲーム的なシステムに凝った作品でもあるのだが、そうである一方、「人間は何に魅力を感じるのか」を追求した感性的な作品なのではないだろうか。


評価★★☆☆とした理由……魅力溢れる作品。ゲームシステムもまた、多くの時間と労力によって調整されたのだろう。システムとビジュアルの幸せなカップリングを果たした名作。ただ、点数の見通しが悪いため、どのアクションが最も良いのか、(錯覚でもいいから)感じさせてくれるような要素が欲しかった。また、資源コマやお金のやり取りが若干煩雑かも。

2014年12月14日 (日)

【ボードゲームレビュー】ゼロ ★★☆☆

Zero01


評価:★★☆☆[2/4](4人プレイの評価です)

プレイ人数:3~5人

プレイ時間:20分


洗練のさきっぽ。


簡単なゲームの流れ


  • ①9枚の手札を持つ。カードには色と数字が描かれている。
  • ②共通場には5枚のカードを表にして置く。
  • ③手札にある数字は失点として扱う。色違いで同じ数字を複数枚持つと、失点は1枚分に抑えられる。また、同じ色を5枚集めると失点は0点になる。
  • ④手番では、共通場にあるカードと手札の一枚を交換するか、パスができる。
  • ⑤2回パスをするか、手札を0点にしたら、その回でゲームは終了。最も失点の少ない人が勝ち。

Zero02



ゲームの総評

セットコレクションという言葉がある。これはカードなどで、特定の数字や色やスートを組合せることを(主な)目標とするゲームの仕組みを指す言葉だ。マージャンなんかもセットコレクションゲームの1つだと言えるが、カードゲームやボードゲームではこの手の「特定の組合せ」が目標となっているゲームは多い。


特定のセットを作ることは、それ自体が面白い。特に最初はとんとん拍子に事が運んでいく。セットのうち、半分くらいまでは簡単に揃ったりする。しかし、終盤になると途端に足が止まる。最後の1枚、最後の1種類がなかなか揃わない。たいていのゲームはそう出来ている。


少し前に話題になったソーシャルゲームのガチャと同じ。セットコレクションには、それだけで、誰の射幸心をも煽る魅力が詰まっている。つまりは「面白い」ということだ。


『ゼロ』というゲームは、このセットコレクションの精髄だけをギュッと搾り出したようなゲームだ。シンプルであり、美しい。そして何より健全である。綺麗に揃い、失点ゼロとなった9枚のカードが揃った時、なんとも言えないカタストロフを感じる。このゲームを遊ぶと、つくづくクニツィアという人は凄いなあと、深く感心してしまう。


しかし、一方で、このゲームは微妙に人気が出ないのではないか、という気もする。なんと言ってもゼロを目指すゲームであり、ものが増えていくような興奮はない。加えて、ゼロを目指す以外の選択肢にあまりロマンがない。低く点数を押さえて、早めにゲームを切り上げる。そんな戦略があることも理解はできるが、そうした結末は、積極的に狙うには地味すぎる。そうした地道なプレイは、プレイヤーを一気に冷静にするだろう。ゲーム自身が持つ理知的な側面が、プレイヤーの興奮を鎮める。先ほど思わず健全と書いてしまったのは、そんなニュアンスを知らず知らず感じたからかもしれない。


このゲームに限らないが、「ものすごくよくできているな」という感想と、「地味だな」という感想を同時に感じることがある。表裏一体というか。いや、『ゼロ』はとても素晴らしいゲームだ。このルールを聞いた時には感動した。しかしそれでも少し立ち止まって考えてしまう。正しいゲームが面白いゲームへと脱皮する瞬間は何によりもたらされるのだろうかと。ただ、一周回ってこう考えることできるかもしれない。これだけ人を「感心させる」ゲームもそうはない。であるならば、そうしたルールの美しさを噛みしめることもまた、この『ゼロ』の楽しみ方の1つなのだろう。



評価★★☆☆とした理由……とても面白いのだが、ついつい巨匠に甘えて、高望みをしてしまう。ただ、誰でも楽しめる、という意味では、とても有用性は高く、そしてなによりもルールが美しい。

2014年11月24日 (月)

ボードゲームレビュー一覧

★★★★ 何度もやりたい。大のお気に入り
★★★☆ おすすめのゲーム。傑作
★★☆☆ マジ面白い。
★☆☆☆ 悪くない。でも、何か足りない・・・・
☆☆☆☆ 面白くなかった

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